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40歳で不妊治療をやめ、45歳で気づいたこと!ライターの吉田潮 [不妊症]

「産む人生」を歩むか、「産まない人生」を歩むか。


それは女に生まれた以上、誰もが一度はぶつかる二択です。


39歳から半年限定で不妊治療を始め、その後、
子供を持たない」という選択をしたライターの
吉田潮(よしだ・うしお)さん。



「子供がほしい」という病、そして不妊治療



相手に過剰なプレッシャーを与えてしまい、
関係は悪化した。

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異様なまでに要求しすぎて、相手を疲れさせて
しまった。



それまでは快楽優先で生きてきたのに、
セックスの定義が突如生殖目的になったからだ。



自分の首も絞めていたのだと思う。
大喧嘩の末、別れることに。




その男、実は今の夫である。



1年間別れて、なんだかんだで元鞘(さや)に
戻ったのだ。




そして、39歳のときに不妊治療に挑戦した。




お互いの年齢が年齢だけに、タイミング法や
人工授精はパスして、体外受精に着手した。




2回受けたが、1回は受精卵が着床せず、
2回目は稽留(けいりゅう)流産でうまくいかなかった。



約半年、計80万円をかけたが、とてもいい経験だったと思う。




子供のいない人生を歩こうと、決断できたから。




自分なりに、子供ができない科学的根拠というか、お墨付きがほしかったのかもしれない。



「不妊治療やってみたけど、できませんでした! だからもうつべこべ言わないで!」みたいな。





別に親類縁者につべこべ言われた記憶はそんなにないのだけれど、「努力はしました、金かけて頑張りました、でももうこれにて終了!」と、自分でもケリをつけたかったわけだ。




「自分が主語の人生」をいかに楽しむか



それから幾星霜……45歳にもなると、
親はボケ始めるわ、生理は月に2回もくるわ、



膝が痛いわで、否が応でも「老い」を
目の当たりにし始める。




もし、あのとき産めていたら子供は6歳かぁ…なんてことは一切考えない。




目の前の老いで精一杯。




エネルギーも時間も、すべて仕事だけに費やせる自由、自分のことだけ考えていればいい生活。



子供がいたら課されるであろう枷(かせ)もないが、子供がいたら得られるであろう豊かな糧もない。




でも、プラマイゼロもいいじゃないかと。





私は子供がいなくても「自分が主語の人生」をいかに楽しむか、だと思うようにした。





もちろん、子供ができなかった悔しさや己の不全感のようなものはゼロではなく、心の奥底に汚泥のようにこびりついていたりもする。




子育てしたことがない人にはわからないわよ」と妙にマウンティングするような人には心の中で舌打ちすることだってある。




でも、「わからないから、胸を張ってその苦労話を面白おかしいネタとして
教えてちょうだい!」と思うようになった。


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逆に「子供がいなくても、あたしゃ人生楽しいよ~」と浅香光代の口調で応えようじゃないか。




内海桂子師匠でもいいけれど。





ただし、実際にマウンティングしてくるような人は私の周囲にはいない。




母になった友達はみんな、子育ての苦労を面白く話してくれる。



子供という生き物の馬鹿さ加減、不甲斐ない夫への呪詛、面倒くさい義理家族の妄挙など、昼ドラレベルにネタはてんこもりなのだ。





「産む人生」と「産まない人生」を比べるな




産まない人生を選んだというか、選ばざるを得なかったわけだが、かといって、ことさらに「産まない人生もいいものよ!」とは言わない。





まずは産んだ人と産んでいない人を比べるのをやめることだ。




産もうが産むまいが、人生の選択肢を自分で決めてきたかどうか。



自分を卑下したり、人のせいにしたり、他罰に走ったりしないで、今を楽しめているかどうか。



そこが重要なのだと思う。





子供をもてなかった人が自分を欠陥品のように思わないこと、子供を産んだ人が「子供を産んでいなければ今頃……」と後悔しないこと。





最終的にはみんな同じように年をとって、ガハハハと笑いながら、尿漏れパッドをつけてあちこちへ嬉々としてつるんで出かけてゆくおばあさんになるんだよね。




子供がいる・いないでちょっとした壁ができるのも若いうちだけ。




年とったら仲良く長生きしていくのだと思いたい。





子供がいないのも、子供が苦手なのも個性
子供が苦手なことは今も変わりない。




でも、ありもしない母性アピールはしなくなった。




「子供が苦手」というのが自分の立派な個性になったからだと思う。




もちろん近寄ってきたら全力で接待する。




「お尻プリプリ星人~」と尻を振りながら、
子供を追いかけて喜ばせるくらいのスキルは身についた。




そういえば、子づくりの決意を母親に電話で話したときのこと。




当時は、秋田児童連続殺害事件で逮捕された畠山鈴香が話題になっていた。




母は開口一番「(子供を作っても)あんた、鈴香みたいになるからやめなさい」と暴言を吐いた。




正直驚いた。自分の子を殺す女にたとえられたのはショックだった。





この話を友人にしたところ、まったく別の解釈をしてくれた。





「お母さんは仕事を捨てるな、という意味で言ったんだと思います。




専業主婦になるしかなかった世代の人は、バリバリ働く娘を誇らしいと思っているし、




子供を産んで今の仕事を犠牲にするなと言いたかったんじゃない?」と。なるほど、と思った。





数年後、母親に暴言の本意を確認したのだが、
言った本人はすっかり忘れていやがった。




まあ、笑い話になったからよいのだけれど。
実はそのとき、もうひとつ、真実を知る。




潮「私が子供苦手だから、子育てを押し付けられるとでも思ったんじゃないの?」




母「そうだと思うわ。
私も忙しいし、子供が嫌いだから」




あ……そうなんだ……。「苦手」ではなく「嫌い」と言い切った母。子供が嫌いでも、ふたり産んで育てた母。



母は母性ではなく、個性で育ててくれたわけだ。
子供がいる人もいない人も、個性で生きていけばいいと教えてくれた気もしている。




子供がいないのも、子供が苦手なのも個性。
そう思うとラクだ、今もこれからも。

(吉田潮)

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